
物、その神話
2026-08-09〜2026-08-21
無相画廊
東京都 台東区
概要
Myth, as a mode of existence, not a narrative. 神話とは、本来、過去を語る物語ではない。 ロラン・バルトは『神話作用(Mythologies)』において、神話とは特定の物語内容ではなく、意味を生成し続ける一つの作用であると述べた。歴史的・偶然的に成立したものを、あたかも最初からそうであったかのような自然なものへと変換する作用——それが神話である。神話とは虚構ではない。それは、現実がどのように経験され、どのように見られ、どのように信じられるのかという、存在の様式そのものに関わっている。もしバルトが神話の生成メカニズムを明らかにしたのだとすれば、今日の芸術には別の問いが立ち現れる。意味が絶えず消費され、イメージが繰り返し複製される現代において、「もの」はなお一つの存在として立ち現れることができるのか。それとも、すでに記号としてしか存在しえないのだろうか。 本展は、馬樹青と宮原嵩広、二人の作家と長年にわたって重ねてきた対話から生まれた。絵画と彫刻、中国と日本、一見異なる表現領域に属する二人であるが、その制作は共通して一つの問いへと向かっている。ものはいかにして芸術となるのか。絵画は絵具から始まり、彫刻は石やアスファルト、金属といった素材から立ち上がる。芸術とはまず、素材と向き合う営みである。自然物であれ人工物であれ、それらは制作という長い時間を経ることで、本来の用途や機能から少しずつ離れ、日常でも象徴でもない、別の存在へと移行していく。それは意味へ完全に還元されることもなく、単なる物質に留まることもない。そのあわいに、ゆっくりと別の存在のあり方が立ち上がるのである。ハイデガーは『物』において、物とは単なる対象ではなく、世界との諸関係を「集める(Versammeln)」存在であると述べた。物とは静止した実体ではなく、一つの出来事であり、芸術の創造とは、ものを芸術の制度と状況の中に置き直し、再び顕在化させる営みでもある。この「顕れ」こそ、本展における二人の作家に共通する実践である。 馬樹青の絵画は、一貫して「色彩」と「もの」をめぐる探究を続けてきた。西洋の現象学や存在哲学から影響を受けながら、彼は長年にわたり、絵画の内部で試行錯誤と冒険を重ねている。彼にとって絵画とはイメージではなく、時間とプロセスが生起する場である。すべての出来事はカンヴァスの境界内で起こりながら、絶えず平面の制約を越えていく。幾度もの被覆や塗布、色層の堆積を通して、色彩は空間のなかで解放され、より中立的で自立した「もの」となっていく。色彩は描写や模倣、物語性の束縛から離れ、流動するなかで、空間と時間のあいだに一種の「間性」を形成する。彼の制作において、絵画は古典主義的な沈黙を湛えながら、絶えず生成し続ける存在となる。 一方、宮原嵩広は、一九六八年前後の日本における「Tricks & Vision(T&V)」および「もの派」が展開した、見ることの仕組みをめぐる再考を引き継いでいる。T&Vが錯視を通して錯視そのものを解体しようとしたのに対し、もの派はさらに主体と客体の境界を取り払い、見ることを、人とものとが共に生成する関係の場へと引き戻した。宮原はこの系譜を受け継ぎ、石や墓石、アスファルトに形態的な変容を加えながら、素材を具体的な空間や状況へと溶け込ませる。そして、ものの内部にある言葉にならない部分を開き、まるで眠りから目覚める者のように、ものそのものに自らを演じさせる。彼の作品が観者をものの内部へと想像的に導くのは、おそらく、あるきわめて強い願望に由来している。アスファルトと観者、墓石と観者、硬質な物質と私たちの身体が、いつか互いに溶け合うことを、彼は望んでいるのではないだろうか。 こうして、絵画と彫刻はここで一つの共通する方法を形づくる。それは、ある種の「不可視性」を作り出すことである。この不可視性は、自ら顕れる時を待つ存在であると同時に、ものの内部に残された、いまだ言葉によって完全には占有されていない空間でもある。ここでいう不可視とは、単に視覚化されていないものではない。まだ言葉によって占有されていない場所であり、静かに顕れることを待ち続けている存在である。だからこそ、本展における「神話」は、古代の物語でも英雄譚でもない。それは、身体を通して世界を知覚する瞬間に立ち現れる経験であり、存在そのものが感覚として開かれる出来事である。現実と幻想、生あるものと生なきもの、自然と人工、その境界が揺らぐ場所に、神話はなお生き続けている。アルゴリズム、人工知能、そしてデジタル・イメージが世界を覆う現在、私たちはますますイメージを通して世界を理解するようになった。イメージはかつてない速度で絶えず新しい誘惑を生み出す一方で、身体的な知覚そのものを少しずつ消耗させてもいる。だから本展が目指すのは、新しいイメージを生み出すことではない。むしろ、物へと立ち返ることである。消費され、名づけられ、機能化され続けてきたものに対して、もう一度、見ることの可能性を開くことである。異なる文化的背景のもとで展開されてきた、ものと存在をめぐる二つの実践は、いかにして同じ空間のなかで出会うのだろうか。 [関連イベント] アーティストトーク 日時: 2026年8月2日15:00〜16:30 ※イベント詳細・お申し込み方法は公式ホームページよりご確認ください。
参加作家
- 馬樹青
- 宮原嵩広
開催情報
- 開催期間
- 2026-08-09〜2026-08-21
- 開館時間
- 11:00 〜 19:00
- 休館日
- 月曜日
- 料金
- 無料
会場・アクセス
- 会場
- 無相画廊
- 住所
- 東京都台東区藏前3-13-13藏前三丁目ビル1F&B1
- アクセス
- 都営大江戸線蔵前駅A6出口より徒歩3分、都営浅草線蔵前駅A4出口より徒歩3分
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